トリノオリンピック 女子シングル スコアから見た一考察

さて、女子シングルは荒川静香 金メダル」という最高の結果に終わった訳ですが、それに関しては上の方で既に喜んだので、ここからは違う切り口で。
女子シングルSP・FSのスコアを見ながらダラダラとくだらないことを書きなぐる
全体的に書いてるとキリが無いので上位選手の話だけ。




TVを見てれば自明なことだけど、今回のFSで「完璧」に滑りきった選手は皆無と言える。
それくらいミスが多かったし、それはメダルを獲得した三人にも同じである。
その中で、荒川・コーエン・スルツカヤの勝負を分けたのはミスの数と大きさ滑走順では無いかと思う。
以下、上位3人のミスについてのツラツラと書いていく。




最初に滑ったコーエンが最初のジャンプ二つを連続で失敗する。
二つのジャンプのうち一つがコンビネーションジャンプだったはずなのに、この時のミスのために連続で飛ぶ事が出来ずに、プログラム中のコンビネーションジャンプが二つに減ってしまった。
その後の演技では立て直したものの、巻き返しを図った後半の「3T+3S」のトリプル・トリプルの大技が次のキーポイントになる。
このジャンプコンビネーションでコーエンがミスをして、コンビネーションではなくジャンプシークエンス*1として判定されてしまう。
本来、後半に入った「3T+3S」であるため、基礎点は「9.4」という高いものになるはずが、シークエンスになった分基礎点が「7.5」に下がり、更にはGOEによる-1.14の減点まで食らってしまった。
このため、高難度のトリプル・トリプルを飛んだのに、単独のルッツジャンプと変わらない点数しか出ずに、起死回生の一手にならなかった(ただし、3回転はしっかり飛べてたため、致命的では無いけど)
このように、コーエンの犯した目立つミスは三つ
序盤の大きなミスが二つと、後半の小ミスが一つといったところである。
コレらのミスによって、コーエンの得点は183点台に留まった。コレが「滑走順」におけるターニングポイントになる。



サーシャ・コーエンの直後という滑走順だった荒川静香だが、サーシャの得点の伸び悩みを見た荒川は二つ目の「3S+3T」のコンビネーションジャンプを、「3S+2T」に変える安全策に出た
結果的にコレがはまり、流れに乗った荒川は後半に三連続コンビネーションを入れるという難しい構成にも関わらず、三つのジャンプコンビネーションを無難に決めてみせ、4つのスピンとスパイラルで最高のレベル4を取るという、万能選手らしい演技を魅せる(唯一レベル3だったステップも、全選手中最高のレベル3)
今回の荒川のミスと言えば、後半の「3Lo」が「2Lo」になってしまったくらいである。
しかも、着氷ではなく、飛ぶタイミングがずれてしまったというミスなので、転倒やよろけたりせずGOEの減点も無いというおまけ付き。
比較的、影響の小さいミスと言えるだろう。
このように、コーエンのミスから安全策を選択して、ミスを抑えた構成にしたことにより荒川はトップに立つことになる。
パーソナルベストの更新は、本人の集中力と、GPシリーズで新採点制度への対策がしっかり出来たことが大きいでしょうね。



そして、最終滑走のスルツカヤである。
この時の、スルツカヤのプレッシャーは想像以上のものだったのだろう。そう思うしかないほど、スルツカヤの動きは硬かった
昨期、圧倒的な強さで国際試合を総なめにし、今シーズンもGPシリーズ(GPF除く)で軒並み今期国際試合における最高得点を叩き出し、決定事項のような完璧さで欧州選手権を制した女王の姿はそこには無かった。
自身に取っての悲願であるオリンピックの金メダル、ロシア女子の鬼門である五輪女子シングル、更にはロシア勢によるフィギュア全種目制覇がかかった演技というのは、さすがの女王スルツカヤを持ってしても越えられない壁となったのだろう。
いつもの完璧な演技を見せ、GOEによる加点をバシバシ稼いでくる彼女の演技がさえない。
毎回当然のように高い点数を取ってくるスパイラルがレベル3になっていたし、要素のGOE加点が最高でも0.5点前後に止まり、前半最後のジャンプである「3F」ではGOEによる減点-0.29を食らう。明らかにスルツカヤの演技はおかしかった
その均衡が破れたのは後半最初のコンビネーションジャンプ。
「3F+2T(基礎点7.7)」で飛ぶところが、失敗して「2F+2T(3.3)」になってしまった。コレで「3F+2T」に比べて基礎点差が4.4で、しかもGOEによる加減点は無し。3.3点という要素点は三回転ジャンプで基礎点が最も低いトリプルトゥループ(後半なら4.4)にも劣る。
そして、コレで演技をおかしくしたのか、次の「3Lo」でまさかの転倒
まさかあのスルツカヤが、ただのループジャンプで転倒するなど誰が想像しただろうか。
この転倒によって、基礎点5.5(1.1倍補正済)の「3Lo」が、GOEによる最高減点である-3を受けることになる。勿論、転倒による減点-1も自動的に付く。
それからも、スルツカヤの演技は精彩を欠く。
後半のスピンの一つがレベル3、ステップもレベル2に止まり、GOEの加点でも伸び悩む。
プレッシャーに負けた。そう思うしかない女王の姿だった。



以上が、トップ3のミスの概要と、点数の伸び悩みの考察である。
コーエンのミスが荒川に安全策を取らせ、その流れで生まれた荒川の高得点が、ただでさえプレッシャーのかかったスルツカヤに対する最後の一押しになったという状況だ。
「仮にコーエンがミスしなかったら?」
荒川が3-3に挑戦して失敗してたかもしれないし、成功しても届かないくらいの点数をコーエンが出していたかもしれない。
「仮に滑走順が違かったら?」
スルツカヤも伸び伸びと演技できたのかもしれないし、逆に荒川にプレッシャーがかかっていたかもしれない。
全て無駄な仮定ではあるが、この勝負の明暗を分けたのは紙一重の運の差であることを実感させられる、今回のFSのメダル争いでした。






さて、今回の試合は満足だったか?
と聞かれたら、私は「前半はイエス。後半はノー」と答えるだろう。
勿論、荒川選手の金メダルは素直に嬉しいし、心から祝福しています。
ただ、「結果」は大満足だったものの、FSの「内容」には不満が残るのです(SPは概ね満足)
それは出場選手全体に言えるミスの多さであり、ミスによってメダル争いが決してしまったことです。
せめて上位の争いくらいは、技術と表現の勝負であって欲しかったという思いが私の中にはある。
一人の競技スケートファンとして、現時点での世界最強の選手の競演を見たかった。
ノーミスなら上位3人による190点台の争いになっただけに、そういった段違いなレベルの戦いが見たかった
4年に一度という特別な舞台で、世界最高のものが見たかった。
「世界選手権で似たようなメンバーでの試合が見れる」と言う人がいるかもしれないが、荒川静香のプロ転向は既に決定事項であり、この瞬間の最高のメンバーが揃うことはもう無いのだ。
そして、オリンピックの舞台というのは、特別な意味を持つものだと私は信じている。
女子シングルの一時代を作り上げ、北米・欧州で最強の名を欲しいままにしたミッシェル・クワンイリーナ・スルツカヤでさえ届かなかった五輪金メダル。
彼女達の年齢を考えれば、4年後は遠く、もう叶わない勲章である。
それを特別と言わずして何と言えばいいのだろうか。
だからこそ、オリンピックというのは夢の舞台であり、見るものを熱くさせてくれる。
その舞台で、その瞬間における「最高」の競演が見れなかったこと。
日本選手の金メダルという嬉しさの裏で、そんな消化不良なものが残った。
今回の五輪フィギュアは最高に嬉しく、楽しく、そして悔しい。そんな試合でした。



 

*1:ジャンプとジャンプの間に、1回転以内のターンやハーフループが入ったり、フリーレッグ(着氷した方と反対の足)が氷面に触れた場合は「ジャンプシークエンス」と呼ばれる。この時、集計に入るのは基礎点の高い二つまでであり、基礎点も0.8倍で判定されるため、同じ種類の連続ジャンプを飛んでもジャンプコンビネーションよりも点数が低い