「銀盤カレイドスコープ」を1.1倍面白く読むためのフィギュア講座 新採点制度編

銀盤カレイドスコープ」の1〜6巻の内容に触れる部分があります。
ネタバレが嫌な方は「銀盤」の6巻まで読了後に読んでください。勝手に読んで勝手にネタバレに起こるのは勘弁してください。




さて、今回はフィギュアスケートの新採点制度について説明をしたいと思います。
元々、フィギュアスケートの新採点制度とは、ソルトレークオリンピックでのジャッジの不正事件を発端に、ジャッジの主観性に大きく左右されない客観的で納得できるような基準を持った制度ということで出てきたものです。
フィギュアのシーズンは、主要な国際試合であるGPシリーズが10月下旬(ジュニアは9月上旬)から始まり次の年の3月に終わるため、05-06シーズンといった表記がされる訳ですが、新採点制度は04-05シーズンに正式導入されました。
一応は03年のGPシリーズで試験導入されてましたが、03-04シーズンの世界選手権など他の国際大会では旧採点制度が使われていたので、正式な新制度移行は04-05シーズンと考えていいかと思います。
(それに、今から考えると03年のGPシリーズは、制度こそ同じですが、GOE評価やPCSの採点がインフレを起こして、今から考えるとあまり本当に「テスト」に使われた感が強い)




なお「銀盤カレイドスコープ(以下、銀盤)」の作中時間では1巻の時点で2005年を迎えていますが、(恐らく)4巻までは旧採点制度だと思われる。
1・2巻が発売されたのが、2003年6月ということで新採点制度の導入前だから仕方ないところですけどね。
ちなみに、「銀盤」のシーズンは、

1,2巻:05-06シーズン
3巻:07-08シーズン
4巻:08-09シーズン?(現在、4巻を知り合いに貸してるので後で正確に確認します)
5巻:08-09シーズン
6巻:08-09シーズン
7巻:09-10シーズン(作中は09年)


という具合になります。
まあ、完全な余談ですが。





では、今回の本題の採点制度の説明に移ろうと思います。
まずは新採点制度の解説に移る前に、どのように変わったかを知る意味でも旧採点制度のことを簡単に説明しておきます。すげーアバウトに説明するつもりですが。




さて、まず旧採点制度では各選手の演技を技術面を評価する「技術点」と、芸術面を評価する「表現点」があり、それを各ジャッジが6点満点で採点して、順位をつけていました。
ですが、この技術点・表現点の「得点」自体はさほど重要ではありません
何故なら旧採点制度における「得点」とは、6点満点中での他の選手との相対値であり、順位をつける上での参考値にしか過ぎなかったからです。
だから「技術点」や「表現点」が高かろうが、低かろうが、演技のレベルの高さを直接的に表すものではないのです。
「銀盤」の2巻で、オリンピックのSPでタズサが最初にいい演技をしても、「技術点」や「表現点」が伸びなかったのはこの辺りに原因があります。
最初の方の選手に高得点を付けすぎると、優劣をつけていく過程で、後に出てくる選手に6点以上の点数をつけないとおかしくなる可能性があるから、最初の方の選手には抑え目の点数がつけられる傾向にあるのです。
では、点数が重要じゃないなら何が重要になるのか?
それは、SP・FSそれぞれの順位であり、順位点です。



順位点とは、SP・FSで、それぞれ何位に入ったかで与えられる点数で、SPは順位数字の半分が順位点になり、FSは順位の数字がそのまま順位点になります。
そして、SPの順位点とFSの順位点の合計点数が低い順に最終的に順位が決まる訳です。合計順位点が同じだった場合は、FSの順位が高い方が上位にランクされます。
「銀盤」2巻のトリノオリンピックの順位を参考にしてみると、


選手名 SP FS 合計順位点 最終順位
リア 0.5(1位) 1.0(1位) 1.5 1位
ガブリィ 1.5(3位) 2.0(2位) 3.5 2位
ステイシー 2.0(4位) 3.0(3位) 5.0 3位
タズサ 1.0(2位) 4.0(4位) 5.0 4位
アレッサ 3.5(7位) 5.0(5位) 8.5 5位
ドミニク 2.5(5位) 6.0(6位) 8.5 6位
オルガ 3.0(6位) 7.0(7位) 10.0 7位

という具合になる訳です(こうしてみるとFSの順位がそのまま最終順位になってるな……)
このように「何点取るか」ではなく「何位に入るか」がより求められたのが旧採点制度であり、この順位点という存在が「大逆転」の可能性をほぼ不可能にしていたのです。
どういうことかというと、SPで大きなミスをやらかして出遅れてしまうと、FSでどんなに図抜けた素晴らしい演技をしてダントツの点数を取っても逆転は厳しくなるのです。
どういうことかというと、例を挙げて説明すると


選手名 SP FS 合計順位点 最終順位
例1 3.0(6位) 1.0(1位) 4.0 2位
例2 0.5(1位) 4.0(4位) 4.5 4位
例3 1.0(2位) 3.0(3位) 4.0 3位
例4 1.5(3位) 2.0(2位) 3.5 1位

以上の結果における内容が、「1〜6位まで僅差の6位」と「2位と大差をつけた1位」であっても「例1」の選手はトップにはなれません。
SPで遅れをとった場合、FSで図抜けた演技をして1位を取ったとしても、追いつけるとは限らない。つまりはFSでの追い上げには限界があるのです。
SPで遅れた選手が、総合順位でトップに立つには自身がFSで上位に入るだけではなく、SPの上位がFSで順位を落とす必要が出てくる。
つまりは、自力だけで上に上がるのは難しく、他力本願かつ相対的に順位が決まる面が強いのです。
この辺りが、私個人として旧採点制度のことをあまり好きではなかった部分です。



そもそも、「技術点」「表現点」にしても、どのような基準でその点数になったかは示されないため、ジャッジの主観性が強く出てしまう
だからジャッジによっては「え、何でそんなに高いのさ?」という点数をつけることもあれば、「いや、低すぎるだろう。それは」という点数を付けられることもあった。
点数の根拠や内訳を提示しないから、かなりの部分で贔屓が出来るし、恣意的な順位付も行われてしまう。
このことがソルトレークでの、ジャッジ不正の温床になってしまったのは否定できない事実でしょう。
では、新採点制度になると、どのように変わったのか?
次は、ようやく今日の本題である新採点制度の説明に移ります。










さて、新採点制度の説明に入りたいと思います。
新採点制度では、選手の得点は大きく二つの項目に分かれます。
一つが、技術要素点や技術点とも言われる「総要素点(Total Element Score:以下、TES)」。
もう一つが、演技構成点と言われることもある「総構成点(Total Program Component Score:以下、PCS)」。
この二つの項目では、採点の仕組みが大分違うので、一つ一つ説明していこうと思います。




まずはTESの説明から。
SPでも、FSでも、フィギュアの演技は主にジャンプ・スピン・ステップの三種類の要素で構成されます。
そして、SP・FSのプログラムに入る必要要素の種類と数と言うのはある程度決まっています。
SPなら、ジャンプ要素が三つ、スピン要素が三つ、ステップ要素が二つ(スパイラルが一つ)。
FSなら、ジャンプ要素が七つ、スピン要素が四つ、ステップ要素が二つ(スパイラルが一つ)。
もう少し細かくまとめると、


【SPの必要要素】

  1. アクセルジャンプ(2回転)
  2. ステップからのジャンプ(3回転ジャンプ)
  3. コンビネーションジャンプ(3回転-3回転か3回転-2回転)
  4. フライングスピン(任意)
  5. レイバックスピン(サイドウェイズリーニングスピンも含む)
  6. スピンコンビネーション(基本姿勢を全て含む、足換え1度)
  7. ステップシークエンス(任意)
  8. スパイラルシークエンス(3つ以上のポジション、足換え一回以上)


 ※ スピンの回転数などの細かい規定に関しては割愛。
   なお、単独ジャンプとコンビネーションでのジャンプは異なる種類でなければならない。





【FSの必要要素】
【ジャンプ要素】合計で7つまでだが、その内の一つはアクセルジャンプ
         ジャンプコンビネーション・シークエンスは三つまで(3連続コンビネーションは1回のみ)
【スピン要素】合計で4つまでだが、その内コンビネーションスピン、フライングスピン、単一姿勢のスピンが各一回ずつは入ること。
        つまりは一つのスピンだけは好きな種類のものを選んでよい。
【ステップ要素】合計で2つまでで、一つはスパイラルシークエンスであること。


 ※ 三回転以上のジャンプは、二種類まで2回飛ぶことが出来る。
   ただし、その場合片方のジャンプはコンビネーションかシークエンスに含まれていなければ成らない。
   その他の細かい規定に関しては割愛。
 

以上のようになる。
見ての通り、全ての要素について細かく規定が決まってるSPに比べて、FSの方が必要要素が多く・自由度が高いことが分かるが、「フリー」と言うからといって完全に自由にプログラムを構成して良い訳ではない
完全に自由に滑ってもいいのは、エキシビジョンくらいのものですのでこの辺りは勘違いしないようにしてください。


さて、SP・FSが規定の必要要素で構成されるのは理解して貰えたと思いますが、TESではこの要素一つ一つについて採点します。
どのように採点するかというと、まずジャンプの種類・回転数、スピン・ステップの種類・レベルによって様々な「基礎点」が決まっています(「レベル」とは、必要条件をクリアすることで上がる、どれくらい難易度の高いスピン・ステップをしたかという値。最低はレベル1、最高でレベル4まで)
どのように基礎点が配点されてるかの対応表を以下に示す。
なお、略字で書くこともあるので、略字の意味が良く分からない場合はブロックの先頭にある略字の説明と照らし合せながら読んでください。


・略字の説明
【ジャンプ】 数字は回転数、A=アクセル、Lz=ルッツ、F=フリップ、Lo=ループ、S=サルコー、T=トゥループ
【スピン】 数字はレベル(今回はレベルを割愛しているけど)、最後にSpが付くものがスピン。
      LSp=レイバック、SSp=シットスピン、CSp=キャメルスピン、USp=アプライトスピン
      FSSp、FCSpのように先頭にFが付くものはフライングスピン。FSSpならフライングシットスピン。
      CoSp=コンビネーションスピン
      以上のスピンに、更にCが加わると足換えという意味になる。
      CCoSp=足換えコンビネーションスピン、FCCSp=フライング足換えキャメルスピン、など。
【ステップ】 数字はレベル(今回はレベルを割愛している)、最後にStが付くものがステップ。
       CiSt=サーキュラーステップ、SeSt=サーペンタインステップ、SlSt=ストレートラインステップ
       SpStのようにStの前についたSpはスピンではなく、SpS=スパイラルシークエンス、を意味する。





【ジャンプの種類・回転数と基礎点の対応表】

ジャンプの種類 1回転 2回転 3回転 4回転
アクセル: 0.8 3.3 7.5 13.0
ルッツ: 0.6 1.9 6.0 11.0
フリップ: 0.5 1.7 5.5 10.5
ループ: 0.5 1.5 5.0 10.0
サルコー 0.4 1.3 4.5 9.5
トゥループ 0.4 1.3 4.0 9.0


【スピンの種類・レベルと基礎点の対応表】

スピンの種類 レベル1 レベル2 レベル3 レベル4
単一姿勢スピン(CSp、SSp、USp) 1.2 1.5 1.8 2.4
単一姿勢スピン(LSp) 1.5 1.8 2.4 2.6
フライングスピン(FCSp、FSSp、FUSp) 1.7 2.0 2.3 3.0
フライングスピン(FLSp) 2.0 2.3 2.6 3.3
足換えスピン(CCSp、CSSp、CUSp) 1.7 2.0 2.3 3.0
足換えスピン(CLSp) 2.0 2.3 2.7 3.3
コンビネーションスピン(CoSp) 1.7 2.1 2.5 3.0
足換えコンビネーションスピン(CCoSp) 2.0 2.5 3.0 3.5


 ※ フライング足換えスピンは、足換えスピンと同じ基礎点。
   フライングコンビネーションスピンは、コンビネーションスピンと同じ基礎点。
   フライング足換えコンビネーションスピンは、足換えコンビネーションスピンと同じ基礎点。




【ステップの種類・レベルと基礎点の対応表】

ステップの種類 レベル1 レベル2 レベル3 レベル4
ステップ・スパイラル 1.8 2.3 3.1 3.4

 

以上のように、ジャンプの回転数・種類、スピンの種類・レベルによって基礎点が決まっています。
コンビネーションスピンはそのコンビネーションに含まれる2種類(もしくは3種類)のジャンプの基礎点の単純な合計が基礎点になります。ジャンプシークエンス(連続ジャンプの間にターンなどが入るもの)はそれに0.8をかけて考える。
実際にはテクニカルスペシャリスト(単にスペシャリストと呼ばれることが多い)」と呼ばれる特殊な審判が、各要素のレベルや回転数を裁定することで、それぞれの必要要素の基礎点が決まるわけです。
これがTESを求める際の基本となります。
そして、TESを出すにはもう一つステップがあり、それがGOE(Grade of Execution:技の質)です。
これは各要素がどれくらい質が高かったかを、演技審判が-3〜+3までの7段階でジャッジするもので、この評価によって基礎点に演技点が加減点されます。
どうなれば「質が高いか」ということは、各要素で目安となる基準があって、ジャンプなら高さや飛距離、助走など様々な面で評価され、スピンなら回転数・スピードなど様々な面がGOEの高さに関係している。
なお、どの評価でどの程度加減点されるかは、技やレベルによって幾つかのパターンに分かれています。
いちいち全ての対応表を書いてるととんでもなくなるので、一部の技を抜粋して紹介すると


技名 +3 +2 +1 -1 -2 -3
1Lz +1.0 +0.6 +0.3 -0.1 -0.2 -0.3
2Lz +1.5 +1.0 +0.5 -0.3 -0.6 -1.0
3Lz +3.0 +2.0 +1.0 -1.0 -2.0 -3.0
1A +1.5 +1.0 +0.5 -0.3 -0.6 -1.0
2A +3.0 +2.0 +1.0 -0.7 -1.4 -2.1
3A +3.0 +2.0 +1.0 -1.0 -2.0 -3.0
CCoSp1 +1.5 +1.0 +0.5 -0.3 -0.6 -1.0
CCoSp2 +1.5 +1.0 +0.5 -0.3 -0.6 -1.0
CCoSp3 +1.5 +1.0 +0.5 -0.3 -0.6 -1.0
CCoSp4 +1.5 +1.0 +0.5 -0.3 -0.6 -1.0
SlSt1 +1.5 +1.0 +0.5 -0.3 -0.6 -1.0
SlSt2 +1.5 +1.0 +0.5 -0.3 -0.6 -1.0
SlSt3 +1.5 +1.0 +0.5 -0.7 -1.4 -2.1
SlSt4 +3.0 +2.0 +1.0 -0.7 -1.4 -2.1

 


以上のように、難易度の高い技の方が大きな加減点があるのが分かります。
ただ、スピンに関してはレベル・種類によらず、一様の加減点が適用されてますけどね。
このGOEにより加減点がどのように行われるかというと、まず十数人のジャッジのGOEの評価を行う。
その中から、機械によりランダムに9人のジャッジが選ばれ、その中から最も高い評価と最も低い評価をそれぞれ一人ずつ切り捨てた7人のジャッジが採用されます。
その7人の評価に対応した演技点の平均を取った点数が、基礎点に加減点されて要素点となります。
例えば、9人のジャッジの評価が「+1 +1 +1 +1 +1 +1 0 0 0」のスピンは、最低と最高の評価を差し引いて「+1 +1 +1 +1 +1 0 0」が残る。そして、+1の加点が一つに付き+0.5だから平均の「+0.36(少数第三位を四捨五入)」が、その技の基礎点に加点される。
このようにTESとは「要素の種類・回転数・レベルの判定→基礎点が決まる→GOEの評価→演技点の加減点が決まる→基礎点と演技点を合わせて要素点になる→全要素点を合計してTESを算出」という流れになります。
まあただし、全ての審判のGOE判定が採用される大会もあるので、一概には言えませんけどね(メジャーじゃないシニアの大会やジュニアの大会では、割とこの方式で行われるのを見掛ける)



このことを分かっていると新採点制度が導入されてGOEなどの用語が出るようになった「銀盤」6巻の内容をより深く理解して楽しむことが出来ます。
例えばP289・7-8行目の「回転した上での失敗ゆえ、採点上はGOEからマイナス3、それに転倒のディダクション。それでもダブルアクセル並みの点数がつくのが忌々しい。」という部分。
上の対応表を見れば分かるように、ダブルアクセルの基礎点は「3.3」です。
一方で、トリプルアクセルの基礎点は「7.5」で、転倒によってGOEの最低評価-3を食らった場合、基礎点から-3点で「4.5」
後述しますが、転倒した場合TESとPCSの合計から、1回の転倒に付き-1.0点差し引かれます。
よって、このタズサの失敗したトリプルアクセルによる実質的な点数は「3.5」点になります。見ての通り、GOEによる加点がほとんどないダブルアクセルと同じくらいの点数になるために、P289・7-8行目のような記述がされている訳です。




ここまでの内容を見ると、一見基礎点が高い高難度の技を出した方が、減点に強くなるので有利に思えるかもしれません。
しかし、世間では4回転ジャンプやトリプルアクセルなどへの挑戦は「リスクが高い」と言われています。
では、どちらが正しいかと言われれば、後者の方が正しいと言えるでしょう。
何故なら、必ずしも高難度ジャンプが高難度ジャンプとして判定されるかどうか分からないからです。
どういうことか、三回転ジャンプを例にして説明してみましょう。
フィギュアのジャンプは、よく三回転とか言いますが、人間のすることですからそんな分度器で図ったように正確にきっちりと1080°回ってる訳ではありません。当然です
選手に寄って違いますが、オーバーターンする人もいれば回転不足の人もいます。
それを判定するのが前述した技術審判の「テクニカルスペシャリスト」であり、「行われた要素(種類・レベル・回転数)」が何だったかをジャッジします。
例えば、少しの回転不足ならともかく、明らかな回転不足の3回転の場合は2回転として判定されてしまいます(目安としては1/4回転くらいの回転不足が許容限界みたいです)
しかも、その場合は「中途半端な回転の2回転」ということでGOEも低下するので、割と踏んだり蹴ったりになります。
だからちゃんと飛べるか分からない3回転で失敗するよりは、ちゃんと飛べる2回転でGOEを稼いだ方がリスクが小さく、効率的に点数が稼げる訳です。
上の方で参考に上げた「銀盤6巻でのタズサのトリプルアクセル失敗」も、トリプルアクセル判定された上での転倒だったからいいものを、仮に回転不足でダブルアクセル判定された上での転倒だった場合。
「基礎点:3.3、GOE:-2.1(オール-3評価)、転倒による減点:-1.0」で実質的に、要素点がほとんど残りません。
このように、ちゃんと回り切れるかどうか分からないジャンプに挑戦することは非常にリスキーな挑戦になるわけで、自分が確実に飛べるジャンプの精度を上げていった方が、GOEが向上して結果を残せることも多い訳です。
リスキーなジャンプを行ったからといって、そのリスクに見合うだけの点数が貰えるとは限りませんしね。
例えば、昨年の全日本選手権で、浅田真央が女子シングルで世界初のトリプルアクセル2回組み込むに成功したことが話題になりましたが、この挑戦は「世界初」という意味では素晴らしかったと思いますが、あまり得点には繋がりませんでした。
トリプルアクセルからのコンビネーションという難度の高い構成だったので、セカンドのジャンプが1回転トゥループになってしまい、「3A+1T」で基礎点が7.9、しかもGOEで-0.2の減点を食らって要素点は7.7
浅田真央がセーフティに飛べる「3Lz+2Lo」の基礎点が7.5だから、リスクに見合ってないことがお分かりかと思います。よっぽど、後半に確実に飛べるコンビネーションを入れた方が結果には繋がる(FSでは後半のジャンプの基礎点は1.1倍される)
まあ、「世界初」に挑戦するその姿勢は素晴らしいと思うので、非難する気は毛頭ありませんが、新採点制度下の「高難度ジャンプへの挑戦」が如何にリスキーかお分かり頂けたでしょうか。
お分かり頂けないなら残念です。異論があるのなら討論に付き合います。長すぎて読むのダリーという方さようなら
しかし、我ながら、説明なげー







さて、そろそろ疲れてきた頃だと思いますが、新採点制度におけるもう一つの重要な項目であるPCSの説明に移りたいと思います。
正直私も疲れてきたので、是非ともまいていきたいところです。




まず、PCSの採点方法はTESとは全く違います。
PCSは演技全体を5つの項目について10点満点で評価します。
評価する項目は「スケート技術(Skating Skills)」「要素のつなぎ(Transitions/Linking Footwork)」「演技力(Performance/Execution)」「振り付け・構成(Choreography/Composition)」「曲の解釈(Interpretation)」の5要素。
字面を見れば、何となく意味は分かると思いますが、簡単に一つ一つ説明していきます。


「スケート技術(Skating Skills)」は文字通り、スケーティングの上手さを評価するもので、難しいスケーティングをしてるか、スピードが出ているかなどを評価します。
「要素のつなぎ(Transitions/Linking Footwork)」は要素(ジャンプ・スピン・ステップシークエンス)と要素を繋ぐ、ステップやターンの工夫や難度、要素への入り方や出方を評価する。
「演技力(Performance/Execution)」は、見のこなしやスケーティングの姿勢、スピードの変化などによる表現を見るみたいです。
「振り付け・構成(Choreography/Composition)」は演技力との区別が字面だけでは分かり辛いかもしれませんが、プログラム構成や独創性などを見るようです。大技や要素が偏ると評価を落とします。
「曲の解釈(Interpretation)」は音楽との調和、プログラム構成との兼ね合いを評価します。
 

以上の5項目を各審判が10点満点で評価して、TES同様にランダムで選ばれた審判の一番上と下の点数を差し引いた点数が採用されます。
そうして、選ばれた審判の評価の平均を取ったものが構成点になります。
そして、それら構成点の5項目を合計したものが、PCSの基礎値になる。
そこから、女子シングルSPではそれに0.8をかけて最終的なPCSとなります。女子シングルFSでは1.6をかけます。
男子シングルSPでは1.0をかけるし、男子シングルFSでは2.0をかけて最終的なPCSを出します。
コレがPCSの求め方です。



ただ、要素ごとに基礎点という具体的な値が決まっていたTESに比べれば、酷く曖昧な評価基準だと思う人もいることでしょう。
まさにその通りでこの値はTESに比べれば主観的な面が出ます
勿論、高い数字を取ってる選手が上手い・表現力があるということを一概に否定する気はありませんが、やっぱり「上手い」というイメージがある選手の点数が高く出て、無名の選手が点数を取り辛い現状があることは確かなのです。
ある程度審判側に名前を認知されて初めて一定水準以上の評価をされるので、パッと出の選手はまず結果を出していき、PCS水準を上げていかないといけない。
「本当かよ?」と疑う人もいるかと思いますが、典型的な例としては昨年度颯爽と現れた中野由香里の例があります。
中野由香里は昨年度、GPシリーズで1戦しかエントリー出来なかったのに関わらず、GPシリーズ初戦のスケートカナダで3位、太田由希奈の辞退により繰り上がったNHK杯でシニア初優勝を果たし、GPファイナルで表彰台、四大陸選手権では2位、更に荒川静香の辞退により初の世界選手権出場で5位入賞を果たすという、まさにシンデレラガールな一年を過ごした選手です。
たった1年でここまで評価を上げて、世界トップ集団まで駆け上がった選手は珍しい。
その彼女のGPシリーズの3戦、四大陸選手権、世界選手権のPCS遍歴を見て行きましょう(上方にSP、下方にFS)


・中野由香里の05-06シーズン 国際試合でのPCS遍歴


【SP】

スケートカナダ NHK杯 GPファイナル 四大陸選手権 世界選手権
スケート技術 6.15 6.50 6.55 6.54 6.96
要素のつなぎ 5.60 5.95 5.95 6.21 6.57
演技力 5.90 6.35 6.50 6.32 6.93
振り付け・構成 5.75 6.25 6.35 6.36 6.93
曲の解釈 5.65 6.35 6.20 6.32 6.89


【FS】

スケートカナダ NHK杯 GPファイナル 四大陸選手権 世界選手権
スケート技術 6.10 6.65 6.90 6.86 7.00
要素のつなぎ 5.50 6.50 6.35 6.54 6.71
演技力 5.80 6.65 6.80 6.64 6.96
振り付け・構成 6.00 6.65 6.75 6.68 6.86
曲の解釈 5.70 6.70 6.60 6.61 6.93

 

以上のようになります。
見ての通り、まだ知名度の低かったスケートカナダでは5点台が多かったにも関わらず、実績と知名度が付いてきた後半には6点台が普通になっている。
世界選手権は全体的に採点水準が高かったことを考慮しても、シーズン前半と後半では評価がまったく違うことが見て取れるかと思います。
PCSはスケート技術や表現力など、その人の基礎力に関わる部分なので、基本的に同じプログラムで滑る(まあマイナーチェンジくらいするけど)同じシーズン中にそこまで急激な成長することは考えにくい。
(まあ、プログラムがシーズン終盤になってこなれてくるという可能性はありますけど、今回に関してはその可能性は除外して考える)
だから、この点数遍歴を見て、前半と後半で実力的に急激に成長した、と見るよりも「審判に名前を覚えて貰った」ことが大きいと考えた方が自然な訳です。知名度が増したことにより、色眼鏡無しで見てもらえるようになったから、ようやく相応の評価を貰える様になる。
まあ、この辺りの審判の主観が入ってしまうところは、採点競技である程度仕方ないでしょうね。



余談になりますが、2003年のGPシリーズで新採点制度が試験採用されていたことは前述したと思いますが、この当時のPCSは今から思うと笑えるほどインフレしてました。
どのくらいインフレしてたというと、新採点制度への正式移行が成されて2シーズンになりますが、2003年スケートカナダにおけるサーシャ・コーエンのPCSが、(2006年8月6日現在)未だに5項目全てにおいてワールドベストを占めている時点である程度分かってくれるかと思います。
後、世界トップクラスに位置される多くの選手のPCSパーソナルベストが2003年のものだったりするところに、この当時の「採点基準」の不確かさを垣間見ることが出来て、割と笑えます。
まあ、最近は採点基準も安定して気がしますけどね。



なお、更に余談になりますが、トリノ金メダリストの荒川静香の代名詞にもなった「イナバウアー」ですが、採点上関係してくるのはTESではなく、PCSの「要素のつなぎ」になります。
イナバウアーやイーグルのような技は、「要素」に含まれないのでそれ単体では点数にはなりません
イナバウアーを要素と要素の間に入れることにより、「独創的な要素への入り方」や「芸術的なつなぎ」であると評価されて、「要素のつなぎ」の評価が多少は高くなるわけです。
しかしながら、単体で得点を持たない以上、わざわざプログラムに入れるうまみが少なくなってしまったことは確かなんですよね。
オリンピック前のプログラムで、荒川静香選手がイナバウアーを入れてなかったのはこの辺が原因。
まあ、荒川選手くらい代名詞として「話題」になれば、審判の採点に関わってくると思いますけどね。
ようはイメージの問題。



「銀盤」について少しは触れておこう。
「銀盤」6巻のP215・9行目「プログラムコンポーネンツでずらりと並ぶ9点台」とか書いてありますが、これは(06年7月)現在のフィギュア界においては、はっきり「ありえない」と言える位の数字です。
現在、PCSを構成する5項目で一つでも9点台を出したことある選手は、(2006年8月6日現在)男子・女子を合わせて一人もいません
現状の世界最高点は、採点基準がインフレしていた2003年スケートカナダサーシャ・コーエンが出した「曲の解釈」の8.95です。
まあ、採点基準インフレの2003年の点数を除くと、8点台後半に踏み込んだ選手が一人もいないんですけどね。
このことから、「どれだけリア・ガーネットが規格違いで、不世出の天才か」が分かるかと思います。
ぶっちゃけ有り得なすぎて「ずらりと並ぶ9点台」とか見た瞬間噴きましたよ。私は






とりあえず、PCSの説明は以上。
この二つで、大体の部分は説明し終わった訳ですが、最後に「減点」について触れておきましょう。
上の方で少しだけ触れたと思うんですが、競技中に「転倒」すると-1.0の減点を食らいます。
その他にも、演技時間の過不足、音楽・要素・衣装・小道具の違反、停止などの理由でGOEとは異なる部分では、減点を食らう可能性があります。
このようにTES・PCSとは違う部分で食らう減点のことを、「ディダクション(Deductions)」と言います。
上の方でも書いてた「銀盤」6巻・P289・7-8行目の「P289・7-8行目の「回転した上での失敗ゆえ、採点上はGOEからマイナス3、それに転倒のディダクション」とはこのこと。





最後にまとめましょうか。
まず順位に直接関わってくるのは全ての得点・減点を合計した「競技得点(Total Segment Score:TSS)」です。
TSSを構成するのは、プログラムに入る「要素」を個別に採点した「TES」、演技全体を5つの項目で評価した「PCS」、そして、転倒や違反などにより個別の減点を加える「ディタクション」
つまりTSSとは、


 「TSS=TES+PCS+Deductionsによる減点」


という具合に求められる訳です。
長々と書いてきましたが、ここまでで「新採点制度」の説明に関しては終わりです。





最後の余談。
「旧採点制度」から「新採点制度」に移行して何が変わったか?
それは何よりも、採点の中身が分かり易くなったことに尽きる出しょう。
各要素の基礎点などを覚えておけば、演技内容でどれくらいの点数が付くかある程度アタリをつけることが出来るし、PCSも前回の大会の点数が参考値に推測することが出来る。
相対値だった旧採点制度と違い、絶対値で表されるようになったおかげで「パーソナルベスト」や「ワールドベスト」を見る楽しみも出来ました。
更にISUのHPに行けば、大会の採点内容の詳細が記載されたプロトコルが公開されており、透明性は非常に高いものになっています。
「不正」から始まった採点制度改革ではありますが、透明性は高くなり、採点基準は明確になった。
フィギュアの採点制度はいい方向に向いていったと思います。
ただし、欠点は無い訳ではありません。
はっきりとした欠点は存在しており、それは「似通ったプログラムになり易い」というものです。
採点基準が明確になったということは、逆に言えば「点数が取り易い技」がはっきりとしてしまうということであり、現実に点数が取り易い「ビールマンスピン」は、一気に普及し始めました。そして、荒川静香が一時期、イナバウアーを入れなくなったように「点に成り難い技」は軽視される傾向にあります。
全てを一概に言うつもりはありませんが、このまま芸術性が無視された「点を取るだけの競技」にならないようにすることが、新採点制度における今後の課題といえると思います。
新採点制度肯定派としても、このことは心配の種としてコレからも付きまとっていくことでしょうね。
出来れば、全てがいい方向に向きますように



さて、アホみたいに長くなりましたが、これから「銀盤」の5巻以降を読む場合は、このように新採点制度を意識して読むと少しは面白く読めるようになるかもしれません。保障はしませんが
つーか、疲れたので今日の「新採点制度講座」編はここまで。お疲れ様でした。