雲のむこう、約束の場所 / 単行本

雲のむこう、約束の場所

雲のむこう、約束の場所


同名映画のノベライズ。
エンターブレインから刊行されてるからか、ファミ通文庫で活動している作家である加納新太氏の著作になっております。


飛行機を作り、北にある塔に行くと約束した少年・少女の青春劇。
主なストーリーラインは映画原作の通りであるが、映画のエンディング後の話やヒロキの東京時代の話、ヒロキ・タクヤ・サユリの出会いなど、映画で語られなかった部分をしっかりと描いている、非常に高いクオリティでのノベライズになっている。
そして、映画から改変された部分はほとんど無いのに、映画とはまったく質のことなる作品になっている点が印象深い。
「純文学の雰囲気を持つ娯楽映画」だったものが、「娯楽作品を模った純文学」に仕上がっている。
31になった主人公が当時を回想する私小説の形式で、十台の当時の内面が淡々とした筆致で切々と語られるため、一見すると地味である。
何しろ、挿絵も無く、原作映画にあったような圧倒的な映像美による説得力も無い。
ただ、どこまでも純粋な少年・少女を描いていた映画版とは違い、生々しい切なさ、苦しさ、嬉しさ、空虚さが畳み掛けるように襲ってくる。
その感覚がどこまでも、胸に響いてこびりつく。そんな「残る」小説に仕上がっている。
「少年少女の恋と友情と約束の物語」だった映画版を下敷きにして、「少年少女がそれぞれ一人の足で立ち上がるまでの物語」に高いレベルでリファインされた快作でしたよ。ブラボー。



この作品は映画版を見てると、場面場面の風景を思い出しながら噛み締めるように読めるし、映画を見て無くても真っ当なジュブナイル小説として読める。ただし、映画版における「ある種の潔癖さ」や「純粋さ」が好きだった人には、ちょっと抵抗感があるかもしれない。
極端に例えば、童話の白雪姫を「白雪姫は王子様と結ばれました」と描いたのが映画版とするなら、「王子様と結ばれて、母親に復讐しました」と描かれているのが小説版である。(勿論、そんな凄惨なラストという訳ではないけど)
明確な「その後」が描かれているため、前者の部分で終わってれば存在したかもしれない「王子様と結ばれて、幸せに暮らしました」という可能性を否定されているのである。
そして、この作品内で描かれる「その後」は、決して娯楽作品にあるようなご都合主義的ハッピーエンドとは一線を画するものである。
だから、安直なエピローグを見たいだけの狭量な原作ファンには向かないかもしれない。
ただ、これが加納新太氏の提示する一つのエンディングの形だと、割り切って読める人には是非オススメしておきたい。
ノベライズというだけではなく、ジュブナイル小説として単品で評価出来る秀作。